熊本地方裁判所玉名支部 昭和41年(ヲ)229号 決定 1966年9月30日
申立人 長崎清
相手方 金剛株式会社
主文
相手方が当裁判所昭和四一年(ヨ)第一八号債権仮差押決定に基き別紙<省略>表示の債権に対しなした仮差押の執行はこれを許さない。
申立費用は相手方の負担とする。
事実
申立代理人は主文第一項同旨の裁判を求め、その申立の理由として
一、相手方は昭和四一年九月一日熊本地方裁判所玉名支部昭和四一年(ヨ)第一八号債権仮差押決定に基き、申立人を債務者、荒尾市を第三債務者とし、申立人が荒尾市に対し別紙表示の債権を有するものとして、右債権につき仮差押の執行をなした。
二、しかしながら、申立人の荒尾市との間における昭和四一年度増永緑ケ丘線コンクリート舗装工事請負契約による請負代金債権金三九四万二、五〇〇円は、既に同年四月四日、申立人から荒尾信用金庫に対し債権譲渡をなし、その旨第三債務者たる右荒尾市にも確定日附のある証書をもつて通知済みであつて、右債権は完全に右荒尾信用金庫に移転しているものである。
さすれば、相手方が申立人の荒尾市に対する前記債権を未だ申立人において有するものとしてなした本件仮差押命令の執行はその執行の目的を欠き許されないものであるから、取消されるべきものである。
このことは昭和三二年一月三一日付最高裁第一小法廷判決(最高民集第一一巻第一号一八八頁)が「仮差押命令に、執行の目的財産として債務者の所有に属しない不動産が特定掲記されていても、この点に関する違法は民訴第五四四条の執行方法に関する異議または同法第五四九条の第三者異議の訴等により救済さるべきであり、仮差押命令に対する異議または仮差押命令の取消手続において論議さるべきものではない。」と判示していることからも明白である。
三、しかして、申立人は荒尾市と前記工事請負契約を締結した後、荒尾信用金庫から工事資金の金融を得、これが弁済として、右工事請負契約に基づく債権を同金庫に譲渡しているものであるから、申立人は信義誠実の原則により、前記工事を完成して右債権譲渡にかかる債権を右金庫において完全にその履行を受け得られるよう協力する義務を有するものである。
しかるところ相手方の仮差押命令の執行により右金庫は荒尾市から右譲受債権についてその履行を受けられない状態にあるものであるから、申立人は右仮差押命令の執行の取消を求める必要があり、かつこれが利益を有するので、本申立に及ぶ次第である。
旨述べ、立証<省略>
相手方は本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。
理由
仍て審按するに、相手方は本件口頭論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないが、執行方法に関する異議は申請の形式によるべきものであつて、訴の形式によることはできないものであること(大正三年五月二二日東京控訴院判決、裁判例要旨集民訴7・一、〇三〇頁参照)、右異議は第三者からもこれをなし得るものであるから、該異議に対し反対の利害関係を有する者はあつても、本来的な相手方たる者は存しないこと(判例体系民訴(25)・六〇八頁参照)、したがつて該異議申立は片面的なもので、その申立書に相手方を定めて掲ぐることを必要とせず、たとえ申立人が相手方を掲げた申立書を堤出することがあつても裁判所はとくに相手方を定めその陳述をなさしむる必要のある場合のほかはこれを無用の記載に過ぎないものと看做し単にその申立人のみに対し裁判すれば足るものであること(明治三五年六月二六日大審院民事二部決定、民録八輯六巻一一六頁参照)等の事実に徴するときは、本異議については民事訴訟法第一四〇条所定の擬制自白の適用のないことは明らかである。
よつて申立人の立証(なお、本異議における立証が疎明では足りず証明を要するものであることは勿論である。)によつて審究を要するところ、証人長崎允の証言および右証言によつてその成立の真正が認められる甲第一号証によると、申立人は荒尾市から同市の昭和四一年度増永緑ケ丘コンクリート舗装工事を代金三九四万二、五〇〇円で請負い目下施行中であるところ、右工事資金として融通を受けた債務の弁済として、申立外荒尾信用金庫に対し同年四月四日申立人が荒尾市に対して有する右工事請負代金債権を譲渡し、かつ同月五日これを確定日附のある証書(内容証明郵便による債権譲渡通知書)をもつて、債務者たる右荒尾市に通知済みであること、したがつて申立人は債権譲渡人として右譲受人の荒尾信用金庫をして右譲受債権の履行を受け得られるよう協力すべき義務を負つていること等の事実が認められ、これに反する証拠はない。
しかして、相手方金剛株式会社が同年八月三〇日当裁判所宛申立人を債務者、荒尾市を第三債務者とし、申立人が荒尾市に対し別紙表示の債権を有するものとして、右債権につき仮差押の申請をなし、同日右仮差押決定を得て執行をなしたことは当裁判所に顕著な事実である。
そうすると、本件仮差押執行当時は既に右執行の目的である債権が債務者である申立人の所有には属さず、申立外荒尾信用金庫に移つていたものであることが明らかであるから、本件仮差押命令の執行は執行の目的を欠く違法のものというべきである。(なお、かかる執行の目的財産が債務者の所有に属するか否かというような事項は、執行手続上の問題であり、それらの点に関する違法は民訴五四四条の執行方法に関する異議もしくは同法五四九条の第三者異議の訴により救済さるべきであり、仮差押命令に対する異議もしくはその取消手続において論議さるべきものでないことは申立代理人引用の前記昭和三二年一月三一日付最高裁第一小法廷判決の明示するところである。)
尤も債権仮差押執行の対象である債権が初めから実在しないため該執行が完全に不能で、かかる執行を目的とする仮差押命令(裁判)も実質的に無意味なものである場合等においては、債務者としてもかかる仮差押命令により何らの痛痒を感じないのであるから、該債務者は本異議によつてこれを争う利益を欠くものとみなければならない場合もある(昭和三三年四月二四日東京高裁決定、下級裁民集九巻四号七三五頁、同三七年二月一四日仙台高裁決定、高裁判例集一五巻一号五九頁等参照)というべきであるが、本件事案のごとく仮差押執行の対象である債権が初めから実在しないものではなく、執行前に譲渡されたに過ぎないものであつて、債権の実質たる債務者(第三債務者)の客観的な給付義務そのものは消滅していないような場合においては、右第三債務者に対する支払禁止(差止)命令も当然無効とは言い難く、したがつて右第三債務者もこれに拘束されて、譲受人に対する支払を拒絶もしくは躊躇するの挙に出るべきことは、まことにみ易きところであり、申立代理人主張のごとく本件における右第三債務者の荒尾市が譲受人たる荒尾信用金庫に対する支払を肯んじないときは、債権譲渡人たる申立人としては右金庫が右荒尾市より該譲受債権について完全な履行を受け得られるよう協力すべき信義則上の義務ないし譲渡人としての余後義務があることは民法第一条第二項、第五六〇条、第五六九条等の律意を綜合してこれを認め得るところであるから、債務者たる申立人としては、右協力義務履践のため該債権の支払禁止を執行の一内容とする該仮差押命令の執行に対し前記違法事由に基づきこれが不許を求める利益があるものというべきである。
そうすると、結局申立人の本件申立はその理由があることに帰するからこれを認容し、申立費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用のうえ、主文のとおり決定する。
(裁判官 石川晴雄)